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ある後輩の物語5

僕は、S君の件を聞いて内心思ったのですが、これはS君にとって大切な社会勉強になったと思います。S君は誰よりも真面目に熱心に研究と勉強に打ち込み、誰よりも研究室のことを考えて貢献していました。でも彼に足りなかったのは、自分を守るということだったと思います。

 

S君自体、「人は人、自分は自分」という考えを強くもっている人なので、他の人に嫉妬することはあまりないようです。ですが、一生懸命がんばっている人を妬みうらやみ、意地悪をする・・これは、どこのコミュニティーでもある話だと思います。今回は同級生達の作戦勝ちだったかもしれませんが、S君にはこれからも、真面目に努力して立派に活躍してもらうことを願っています。そして、悪人に負けない善人になって欲しいと思います。

 

嫉妬心だけではなく、人がもつ醜い心まで理解し、先手を打って自分を守り、その上で、みんなのために貢献して欲しいと思います。どんなに綺麗な花も、醜い根っこがなければ生きていけません。醜い根があればこそ、綺麗な花が咲きます。花だけではすぐに枯れてしまいます。純粋な心、理想を求める姿勢・・それだけでは長続きしないし、悪い人達に食いつぶされてしまうだけだと思います。

 

でも、人を避けるのも好ましくありません。我が強くて欲深く、まるで「妖怪」としか呼べないような人でも、どこかに純粋な気持ちを持っているものです。人は割り切れないものです。よっぽどの場合は別ですが、人の醜いところまで理解した上で、忍耐強く、みんなを大切にして欲しいと思います。

 

S君の話は後日談があります。

 

彼の学部生だったときの指導教員は、数年前に引退しました。当時、引退を祝う記念パーティーが開催されました。そのパーティーではくじ引きが行われたのですが、S君はそれで特等を引きます。特等が当たるのは200人中1人だけでした。その景品として授かったホームベーカリーは、以後ずっとS君の家族の役に立っているそうです。S君が誰よりも真っ直ぐに研究室や指導教員のことを考え、尽くしてきた努力を、きっと神様か仏様が見ておられたのだと思います。誰も報いてくれなかった努力が、こうして報われました。誰も報いてくれないからこそ、天が報いてくれたのかもしれません。

 

S君が4回生のときに温めていた研究アイデアは、彼が大学院を卒業してから、やがて1本の総説としてまとめられ、出版されました。その総説の中で、S君の卒業研究のデータが未発表データとして公表されました。こうして、彼が学部生の間に研究にかけた努力も、時間はかかりましたが、思わぬ形で報われていくことになりました。

 

また、S君は大学院では、良いたくさんの友人ができたようです。特に修士の間は、研究コミュニティーだけでなく、同じ趣味をもつ大勢の人達と、とても楽しい時間を過ごしたそうです。彼が学部生の間に受けた心の痛みも、十分すぎるほど癒されました。

 

このS君の話で、このブログをいったん閉じようと思います。3日後にブログはなくりますが、読書録だけは新しいブログ(落ちこぼれ生態学者の読書録)に引き継ぎます。ブログを1度でも読んでくれた皆様、よく訪問してくれた皆様、コメントしてくれた皆様、本当にありがとうございました。

ある後輩の物語4

Sの同級生の4人には、共通した特徴がありました。みんな大学院まで進学して研究をする熱意と積極性があり、それぞれに優秀な学生達だったのです。彼らは3回生になり、4回生時の研究室配属や大学院への進学、研究方針等について真剣に考えるようになりました。そのうち、Sの優秀さや努力を認める気持ちが、徐々に嫉妬心へと変貌していきました。

 

ある日の夕方、Sが他大学の学生達との共同研究を終えて大学に戻ると、偶然Rと出くわします。RはSに「網を持って生物を追いかけてるなんて、頭の悪いストーカーやな。そんな一日終わってるやん!?どうする?」と詰め寄ります。RはSが生態学や英語のテキストを読んで勉強しているのを見るたびに、バカ、アホ、変態、異端児、ストーカー、デンジャー、頭悪い、人格が未熟・・などと言って、人格をけなし続けました。Sが怒ることもあったようですが、そんなときRは決まって、「俺は失礼な奴やから」と開き直るだけでした。Rは学部3回生あたりから卒業まで、Sに何十回も心無い言葉をかけました。

 

Mもまた、大変へそ曲がりな女性でした。彼女は外面は良く、猫をかぶって人と接するのが得意でしたが、内気で温厚なSには「きついことを言ってもいい」と考えていたようであり、周囲にもそのように話していました。MのSへの嫉妬心は根深いものがあったようです。Mは3回生あたりから、Sに「顔が嫌」「話し方が嫌」「デリカシーがない」など言って、Sのすべてを否定していきました。Sは、同じ部屋にいて咳をしただけで、Mに「うるさい!」と怒鳴られていました。

 

Fは、Sと同じ大学の同じ研究室を受験しようとしていました。Sはそこの院試の過去問を持っていたので、Fにコピーさせてあげたようでした。その時にFがSに放った言葉・・「殺しにかかるよ」・・は、その後の彼の行動をよく表していたようです。Sは希望通りの研究室に合格したのですが、Fは落ちたようです。Fは日常的にSの陰口・裏口、噂話を周囲に話すようになります。後日Sが知人から聞いた話によれば、Fは「俺の院試、Sに邪魔された」と言っていたようです。そして、Fはやがて数人の先輩を味方につけ、Sへのいやがらせを始めます。Sを見るたびに、ヒソヒソ話をし、Sを指さしてバカにして笑うようになったそうです。

 

4回生になり、全員同じ研究室に配属されました。当時その研究室は、院生の部屋と学部生の部屋とが分かれていました。Sは連日、学部生の部屋の所定の机に座り、研究と勉強にいそしみました。一方、例の3人は院生の部屋へ行き、そこでSの陰口や悪口、噂話を話します。

 

先輩である院生の中には、あえて不干渉の立場をとる人も多くいました。しかし、一部の院生達はRやM、Fの話を真に受け、Sを憎み、やがてSと衝突するようになります。彼らは自分たちが直接Sに攻撃するより、先輩達を味方につけ、先輩達を通してSに攻撃をはかったのでした。

 

例えば、その研究室が文化祭のときに出したお店の売り上げの一部を、Sが横流ししているのではないかとの噂になったようでした。その4回生達や院生達は、みんなでSを取り囲み、尋問したこともあったようです。当然、Sにとってみれば、身に覚えのない尋問でした。

 

4回生も終盤になり、S達がいよいよ卒業論文の執筆に取り掛かりはじめる時期になりました。そんなとき、大学院生KがSを呼び出しました。Kは、Rたちの話を真に受け、S一人を悪者と決めつけていたようでした。Sに「友達いるの?」「大学院に進学したら、うまくやっていく自信あるの?」などと怒りながら責め立てました。そしてSに、これまでの行いを同級生達に謝るように指示しました。

 

その大学院生Kは、食事会を企画します。そこにSに手土産を持ってこさせ、同級生達に謝らせようとしたのでした。しかし、Sは当日、食事会の席に表れませんでした。研究室の机に置いてあった荷物をすべて持ち帰り、その日以降、研究室に顔を出すことはなかったそうです。Sは当時の指導教員に事情を話す勇気を持てないまま、卒業していくことになります。Sは卒論作成も卒論発表の準備も、誰からも指導してもらえませんでしたが、一人ですべてをこなし、無事に卒業して大学院へと進学して行ったようでした。

 

続く

ある後輩の物語3

学部2~3回生の間、Sは生態学の勉強と野外調査、院試勉強に打ち込みます。彼のカバンの中にはいつも、生態学の専門書と英語のテキストが入っていました。Sは、大学でも駅でもどこでも、時間さえあれば勉強しました。

 

Sは3回生頃から、研究室の運営にも中心的な役割をはたしていきました。文化祭ではSが代表者となって、研究室主催でお店を出したりしました。飲み会の幹事も任されるようになりました。

 

2~3回生にもなると、他の学生達もだんだん、研究室への配属や就活、大学院への進学を真剣に考えるようになります。Sの同学年には、Sと同じ研究室への配属を目指す、4人の友達がいました。

 

1人目はRです。Rは生物と釣りが好きなアウトドアタイプでした。Rもまた魚マニアであり、1回生の時からSとよく釣りや魚採りに出掛けました。Rはいわゆる「いじられキャラ」で、同級生達からよくいじられていました。ですが、SはRをとても信頼していました。

 

2人目はMです。Mは研究者を目指していました。基礎学力はSより上で、授業の成績は概して良かったようです。MとSはよくふざけ合って遊んでいました。そんな様子を周りは、「夫婦」などと呼んでからかいもしました。

 

3人目はFです。Fは釣り好きでした。Fは大学院の進学先として、Sと同じ大学の同じ研究室を目指していました。

 

4人目はKです。

 

4人はみんな、折に触れてSのことを褒めました。誰もが、生物の知識ではSに叶わないと思い、実際にそう口にしたものでした。研究や院試についても、Sが突き抜けているように見え、研究室の教授や先輩達も誰もがそのように話していました。

 

3人は概して仲が良かったように見えました。しかし、3回生にもなり、同級生みんなが卒業研究や進学を真剣に考える時期になると、様子が変わっていくのでした。

 

続く

ある後輩の物語2

入学後、Sの学生生活は想像していた通りに楽しいものになりました。もともと超マイペースな彼は、学部や学科の教育・指導方針なんて頭にありません。レポートやテスト勉強は後回し。授業は単位を落とさない程度に出席します。そして、週に2度や3度と、川や湖、水路などに出かけます。網や素手で生物を捕まえたり、陸上から観察したり、デジカメで観察したり・・水生生物を夢中になって追いかけて行きました。こうしてSは、生物マニアの道を歩み始めたのでした。

 

入学前に面会した教授、そしてその研究室の学生達とも交流が続きました。院生たちと一緒に生物の話をして盛り上がりました。学部1回生、それも入学直後から研究室に通う様子から、周りの学生達はSを得意な存在として見るようになりました。「Sは生物に詳しい」・・そんな情報が同級生の間で共有されていきます。

 

Sの交友の広さは学内だけに留まりませんでした。1回生の時から学会や研究会、生物関係のイベントに参加し、全国的に人脈を広げていきます。同年代の生物マニア達と顔見知りになり、優秀な友人達から多くの刺激を受けます。当然、優秀な先輩達からも多くのことを教わったようです。あくまで生物マニアだった当時のSは、面白い研究テーマに取り組む立派な先輩達に憧れました。

 

学部2回生のある日、Sは大学の図書館で1冊の本と出合います。その本では、生物の種間関係、とくに、間接相互作用で結ばれた3種間の関係について平易に説明されていました。生物同士の関係・・Sは貪るように何度もその本を読みました。そして、その著者が以前所属していた、Y大学の大学院への進学をめざし、2回生の時から院試勉強を始めたのでした。3回生のときにはY大学の研究室を訪問します。そこのボスのK教授は、Sの受験を歓迎してくれました。

 

続く

ある後輩の物語1

昔々、生物学者を目指して受験勉強にいそしむ一人の浪人生がいました。勉強も運動も得意でなく、何かとイマイチさえない彼でしたが、生物が好きで、大学に行って生物の勉強がしたいという志は輝いていました。彼のことは、S君と呼ぶことにしましょう。

 

秋、だんだんと気温が下がり、Sが通っていた予備校が受験に向けて気が張り詰めつつある時期に、彼はインターネットで面白い研究室サイトを見つけました。田んぼの虫、川の魚、きれいなキャンパス。。そのサイトを見たとき、彼は初めて、楽しい大学生活を思い浮かべました。

 

元来行動派の彼は早速、その研究室の教授にメールを送り、会う約束を交わして大学を訪問しました。

 

教授は穏やかに優しくSに対応しました。教授がまず彼に話したのは、生態学で著名なロトカーボルテラのモデルの話でした。食うものと食われるものとの関係・・教授は彼に、自然界の現象を理論的に理解することの面白さを伝えようとしたのでした。そして教授の話は、研究室の学生たちの研究テーマにうつります。話だけでは終わりません。教授はSを連れて、院生のいる研究室を案内しました。院生達もまた、魚の行動映像などをSに見せ、各々の研究内容を話してあげたのでした。

 

そして翌年の春、Sはその大学に見事、入学を果たします。

 

続く

近況(2017-4-18) 修行

机に座って論文の読み書きをしていたら、どうも現実生活での気の回りが鈍くなる。観察力が落ちて見逃しが増え、気が回らなくなってケアレスミスが増える。自分の考えではなく、他の人達の考えや気持ち、状況を考えるチカラが落ちるし、次の事を考える想像力が落ちて、人よりも行動が一歩遅れてしまう。

 

知識が付き、論理性や批判力が伸びるのはそれはそれでいいが、クチよりも手が動き、体が動く人間になりたいと思っている。

 

僕はもともと生活力が弱い人間だったので、観察力と気配りを磨くために大学院時代から身の回りの整理整頓、掃除を定期的にするようにしていた。でもそれより、子守りの方が修行になる。子守りはまさに、相手を観察して気を付け、相手をいつも気にかけ、あらゆる可能性に気を回す修行だと思う。研究の時間が大きく削られてはいるが、しっかりと子守りをする時間が持てて良かった。たぶん僕は、子ども達とともに人間として成長してるはず。

ハラスメント本

おお、これは…

詠んでみないと中身は分からないが…

https://www.kajo.co.jp/book/40660000001.html