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片手の音

禅の一派、臨済宗の禅僧の一人に、白隠さんというお坊さんがいる。江戸中期の僧であり、当時の臨済宗の中興を遂げた、偉大な方です。

 

その白隠さんが考案し、好んで使った公案に「隻手の音」というものがある。隻手とは片手のことで、公案の内容は「両手を合わせると音がする。では、片手の音はどんな音?」という問いです。

 

僕が初めてこの公案のことを知ったのは19歳の時だったと思う。当時は考えてみても何も分からなかった。僕は僧でもなければ座禅したこともなかったので、電車の中で景色を見ながら考えたのを思い出す。それからも、たまに思い出しては考えてみたが、さっぱり分からなかった。

 

たぶん、24歳の時だったと思う。一人で家にいたら、「隻手の音」公案を何となく思い出した。あの公案は一体何だったのだろうか?とボーと考えていた。「片手って一体どっちのことかな?右手かな?それとも左手?」と思ったら、次の瞬間、「あれ?右も左もあるものか!それどころか、手もなければ足もないぞ!」とひらめいた。その途端、自分のお腹あたりから「バチーーン!」と音が聞こえてきた気がした。そして、意識は相対的な有無を越えて、絶対的な無の中に入り、「絶対無とは、あるがまま」なのだと分かった。ああ、隻手の音とは、いくつかの意味がかかっていて、悟った時のあの「バチーン」という音も含まれてたんだなぁと思った。

 

しばらくは安心解脱の境地だったが、数日するとまた普段の感覚に戻ってきた。どうやら、一回悟っただけではまだまだで、一生かけて悟りを深めていかないといけないようだ。でもあれ以来、悟りとはどういうものなのか、何となく理解できたように感じる。

 

最近の僕はあまりに凡俗なので、少しは修行した方がいいのかもしれない。修行って言っても、滝に打たれたり座禅したりするのではなく、生活の中で禅的境地を深めたいな。まぁ、研究が忙しくて、それどころじゃないけど。