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僕は高校生位の時に、昔のことをよく思い出す癖が付いた。嫌なこともよく思い出す。「反省」とは、未来にそなえて「少な目に振り返る」ことだと思うので、昔のことをあれこれ考えてるのは時間の無駄だし、目前のことに気が回らなくなってしまう。それにしても僕は、小さいことを挙げれば恥ずかしい思い出だらけだなぁと思う。

 

昔ネットで良い記事を読んだ。その記事の投稿主も恥ずかしい思い出だらけで苦しんでいたので、上司に相談したらしい。すると上司は、

 

「人は恥をかいて成長する。僕に比べたら、君なんてまだまだだよ」

 

って話してくれたらしい。

 

この言葉は、思い出すたびに心が少し軽くなる。この言葉の奥にあるのは、過去の経験を活かして成長していく、プラス思考だと思う。失敗は成功の母。実は日常生活の雑多な失敗の中に、人としての成長があるのかもしれない。

 

でも、恥ずかしいと思うだけ救いようがあるのかもしれない。本当にダメな人とは、自分の失敗に気付けない、失敗を失敗と思えない人なのではないだろうか。

 

また、論語に「あやまって改めざる。これをあやまちという」という言葉がある。自分の失敗を素直に認めて次に活かせる。そうすると、失敗は失敗ではなくなり、成長の糧になる。失敗したのにプライド等が邪魔して改められないのが、本当の失敗だということになる。

 

でも「恥ずかしい」ということを良く考えてみたら、この言葉には「他の人の評価」が潜んでいるような気がする。心のどこかで誰かの目を気にしていると思う。

 

菅原道真の歌に「目に見えぬ 神に向かいて 恥じぬこそ 人の心の 誠なりけり」というものがある。やや仏教的な発想かもしれないが、他人の評価に振り回されるのって、実は虚しいことだと思う。人なんて好き勝手なことを考えたり言ったりするもの。自分のことは自分では分からないとは良く聞くが、実は本当の自分は他の人にも分からないと思う。菅原道真はいつも、「神様から見て自分はどうなのか」と考えていたのだろう。そして、世間の評価に振り回されず、自分の信じる道を貫いたのだと思う。