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考察で「可能性」を議論してはいけない理由

長らく忘却・放置されていた論文の査読結果が返ってきた。この論文は半年前に1度改訂稿を投稿していて、今回は改訂稿に対する担当編集者のコメントが返ってきた。

 

この論文では、ある特定の水深で巻貝の個体数・最大殻長がともに最大であることを結果で示し、「水深〇~〇mがこの種の生息に好適である可能性がある」と考察で書いていた。それに対して編集者が、「好適である可能性があるという表現には、好適ではない可能性もあるという意味が含まれています。これでは何も議論していないのが分かりますでしょうか。」等とコメントしてくれた。

 

一連のコメントを読んでみたが、最初は何を言ってるのか分からなかった。データに基づいて可能性を議論するのが考察ではないのか。根拠(データ)が弱いから同意できないということか。実は僕も、この論文はデータ不十分だと思っているので、いよいよ取り下げたいとも考えた(事情があって、他の人がやった研究を、僕がFirst&コレスポとして文章化して投稿した)。でも、個体数と体サイズ組成で生息環境を評価してはいけないというのは、極端ではないか。そこまで厳密に議論したら、過去の多くの先行研究が無価値になってしまう。

 

そんなことを考えていたが、夕方の散歩中に閃いた。そうだ、問題なのは議論の「具体性」の欠如だ。

 

(A)「水深〇~〇mがこの種の生息に好適である可能性がある」

=(B)「水深〇~〇mがこの種の生息に好適ではない可能性もある」

 

まず問題なのは、なぜ(B)だと考えたのかだ。

例えば、「本当は他の水深の方がこの種の生息にとって好適なのだけれど、水深以外の要因の影響で、本来はイマイチな水深に集まっているだけかもしれない」と考えていたとする。もしそうならば、具体的にそう書くべきだと思う。「本研究の結果から、水深〇~〇mがこの種の生息に好適である可能性が示された。しかし、先行研究1ではもっと浅い場所で本種が多いことが示されている。本研究の調査地には、浅い場所では貝の天敵が多いことが知られている(先行研究2)。そのため、本研究では水深〇~〇mで個体数が多く、最大殻長も大きかったが、これは天敵の影響で貝類が浅所に生息できないためであり、この種の生息にとってこの水深は実は好適ではない可能性がある」という感じで、具体的に論じるべき。

 

もし、ここで書いた先行研究1も2も存在しない場合。(A)「水深〇~〇mがこの種の生息に好適である可能性がある」のような書き方をしないで、水深〇~〇mがこの種の生息に好適と考えられる」や「と推察される」等の、より強い表現をした方がいいだろう。

 

頭の中では「可能性」を考えるが、考察中で可能性だけを議論してはいけない。可能性だけだったら、研究しなくても指摘することは可能だから。