読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

近況(2017-3-17) 諦め

・今日は研究室の4回生の送別会を僕が個別にしてあげた。カラオケ、焼き鳥、ファミレスでカフェ。こうやって節目にきちんと祝ってあげるのはとても大切だと思った。他の研究室では友達が楽しくやってるのに、自分は何もなくて静かに出ていくのは、きっと寂しいだろうな。僕も楽しめた。

 

・卒論は提出してから製本まで2週間程あって、その間は差し替え可能だった。差し替え期間になってようやく、教員がコメントし始めたので、最後は学生と教員に任せて、研究員の僕は身を引いた。でも、製本が終わってからが僕の本当の仕事の始まり。その論文を投稿論文として仕上げなくてはいけない。

 

最終版の卒論の内容を見てみると、方法に「70個体をサンプリングしたが、解析にかける労力を減らすために、そこから18個体だけ抽出した」と書いてある。結果を見てみたら、それぞれの図や解析によって抽出前の70個体だったり、抽出後の18個体だったり、使ってるデータがバラバラ。考えてみたら、18個体で出来るのに、70個体では作業が大変だから出来ないっていうのは、卒論では仕方なくても、投稿論文では理由にならないのではないだろうか。それに、仮説検定も回帰分析も18個体より70個体を使う方がいいに決まってる。18個体では少ないように思う。

 

それを教員に相談してみたら、またキレた。「18個体でも70個体と傾向が同じならいい」等と興奮して言い張るので話し合いにならない。そんなの、実際に70個体でやってみないと分からないし、統計解析をする場合、サンプルサイズの問題もあるのだが・・。おそらく、自分が指導した卒論の不備を指摘されたように感じて、プライドが許さなかったのだろう。

 

そこで僕は、「僕としては論文が雑誌に通ったらいいので、このままの内容で投稿して、査読が指摘してきたら対応することにしますか?」と提案した。すると教員は「俺はこの卒論をほとんど見てないし、出来るだけ通りやすい雑誌に投稿したい」と言い出した。それどころか今日は、卒論を書いた4回生本人にも、「俺は卒論の内容あんまり見てないから、問題が残ってるかもしれない」と唐突に話していた。最後くらい、卒論の内容を褒めてあげて欲しいのになぁ。

 

もう慣れてきたので腹も立たない。どうしようもない。僕も、投稿論文としてまとめるのが仕事だし、仕事としてやるからには責任持って頑張らないといけないように感じていたのだが、本当にやるべき仕事はそうじゃないらしい。自分の小さなプライドと「我」ではなく、科学的根拠に基づいて議論するべきだと思うのだが、この教員には一生無理だろう。諦めるしかない。

 

でもよく考えてみたら、この教員のお蔭で「統計解析の必要性」や「論文では方法と結果、考察を分けて書くこと」、「サンプルサイズの重要性」等の基礎を復習することが出来た。素晴らしい(反面)教師だと思う。それに、お給料もくれているし、命に関わる危険な調査・実験を強要されることもない。まだまだいい方だと思う。